HIKONE Web ガイド

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きっとお宝

 先日、ご城下巡回バスのガイドをしていた時のことでした。女性2人に連れられて3歳くらいの男の子が、乗ってこられました。彦根駅で降りる時、男の子のことを「彦根に来たら必ずこのバスに乗るのですよ。」と、年長の女性がおしゃっていました。駅前の観光案内所でレトロバスのおもちゃも、すでに買ったそうです。
 後で観光案内所に確かめると、そのおもちゃはもう完売したとのことです。あの坊ちゃんが大きくなって、小さい時に彦根のレトロバスがお気に入りだったことを思い出して、そのおもちゃがお宝になっていればいいなと思いました。
P6180077 (巡回バス).jpg
※彦根ボランティアガイド協会では、4月から11月までの土日祝日に「ご城下巡回バス」のガイドをさせて頂いております。皆さまのご乗車を、お待ちしております。

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お待ちしています

 私の住む町に国宝彦根城があります。小高い山の上に深い樹木に囲まれた三層の天守がそびえ、山の中腹には櫓(やぐら)と呼ぶ幾つかの重要文化財建造物があります。いつも見慣れた風景なのに春は桜、秋は紅葉、冬は雪景色と、四季折々に飽きないお城が眺められ、市外に出て帰ってきたときは、彦根城が見えると「やれやれ帰った」という気持ちになります。
P1090012 (天守遠景).jpg

 そもそも「城」というのは、「土」編に「成」と書くように、土や石を盛って成す(築く)という意味のようです。また「城」を辞書で引くと、「敵を防ぐための軍事的構造物」と書かれていますが、彦根城は合戦時の構え、例えば表門橋を渡っての横矢桝形、登りにくい表坂、つまずきやすい石段、五本ある空堀等々、攻めて来た敵を迎え撃つ軍事上の要点が巧妙に作られております。関ヶ原合戦後260年余り続いた徳川幕府の拠点の一つであった事実に納得できると共に、ディズニーランドのお城のように観光客が1日楽しく遊ぶためではなく、軍事上の城であることが実感できる城でもあります。
 そんな彦根城や彦根の史跡が好きな私は、「彦根ボランティアガイド協会」の一員として張り切っております。観光バス等で彦根城を見学される時の与えられた時間は大体1時間だそうですが、私たちのガイドは1時間半~2時間、更に専門的に石垣の裏の削平地を3~4時間ご案内する時もあります。そして城だけではなく、街中の名所旧跡や名刹、佐和山城跡等、ご案内場所もたくさんあります。
 ただ城山に登って来た……という見学だけではない印象深いご案内を目指して、まだまだ未熟ですが、日頃の研鑚に努めております。
 ぜひ彦根に遊びにおいで下さい。そして私たちのガイドを御用命してみて下さい。

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ようこそ彦根へ

 さて今回は、私たちがガイドさせて頂きました際の、お客様との会話を交えた体験談を、皆様にお伝えします。

 N様(栃木県那須で木材業を営まれている方)との会話
 その1、彦根城博物館をご案内していました際、大名のお宝についての説明にうなずいておられたN様が、館内にある御座間を見られて、「この部屋は素晴らしい」と発せられました。材木のプロが「素晴らしい」と言われるのは何だろうかと思い、「何が素晴らしいのでしょうか、お教え下さい」とお聞きしますと、N様は「この部屋に使われている材木には、全然節目が有りません」、「節目のない材木というのは、丸太の中の中央部しか使いませんので、ぜいたくな材木の使い方です」、「桂離宮の部屋と同じです」と話されました。なるほど、プロの見方は細部に目が届くものだと感心しました。
P4300053 (御座間).jpg

 その2、彦根の城下町、善利組足軽屋敷跡を通り抜け、芹川に出ました。芹川は彦根の城下町を作るために、曲っていた流れを真っ直ぐに付け替えられた川で、両岸のケヤキ並木は、市民の散歩コースとして愛されています。このケヤキは樹齢400年近い大木であり、幹の太さといい、樹相(こんな表現はありませんが、人相と同じに例えました)といい、申し分なく、彦根の誇れるものの一つだと思い、案内をしました。
 すると、N様が、「こんなケヤキは見たことがない、相当昔からいじめられているケヤキですね」と驚き、「普通のケヤキは幹から真っ直ぐ伸びて、地上から高い所で枝分かれしていますが、このケヤキは低い所で枝分かれしています」、「木が伸びる前に枝打ちされ、上に伸び成長するのを、押さえられたからです」、「それも長い期間かけて行わないと、この様な奇妙なケヤキは育ちません」と。………材木のプロは違うなと感心しました。
 それから直ぐに、ケヤキの幹の根元の太さと、地上から1m位の所の幹の太さの違いを見つけられ、「これは何故太さが違いますか?」、「普通ケヤキは地上に近い所ほど幹周りは太いものですが」と。
 「そうですね!大雨の際、城下町を助けるために、西岸の高さを低くして、西地区側に水を流していました。その後、土盛りして両岸の高さを合わせました。その時から幹の太さが違うと言われています」とお答えしましたが、木一つにも、その道のプロにとっては歴史があり、そこに文化的な価値があります。そしてまた、護岸についての長年の努力が、見事な「樹相」を作り上げたのでしょう。
芹川 -2 (小サイズ).jpg

 この彦根の歴史と文化を守り育てて来た先人の努力と技術を、皆様にお伝えしたいと思っております。私たちがガイドさせて頂くお客さまの中に、その道のプロが多くおられて、私たちが教わることも、また多くあります。そんなプロの方を通して見た彦根の良さを、これからもお伝えしたいと思います。