ガイドコースのご案内 (E)「花の生涯 ウォーキング コース」
JR彦根駅からいろは松まで徒歩(所要時間2時間30分)
JR彦根駅⇒袋町⇒芹川ケヤキ並木⇒旧善利組足軽屋敷⇒夢京橋キャッスルロード・宗安寺⇒旧西郷屋敷長屋門⇒馬屋⇒井伊直弼銅像・花の生涯記念碑⇒佐和口多聞櫓⇒埋木舎⇒大老歌碑⇒いろは松
袋 町
舟橋聖一の歴史小説「花の生涯」はここからスタートします。…「さっきから、堤の上を往ったり来たりして居る浪人風の男があった。(中略)・・・堤の東は、袋町の花街である。(中略)・・・堤のすぐ下に、軒を並べた娼家の窓から、たか女は、川の水嵩を見ようとして顔を出した時、堤の上の、その男の姿に目を惹かれた。」…長野主膳と村山たか女が出会う、小説の冒頭のシーンです。芹川の北側に今も残る袋町は、彦根一番の歓楽街です。いくつもの細い路地が走り、袋小路になっていることから袋町と呼ばれています。金亀、清瀧も現存しています。「花の生涯」は、昭和27年に、毎日新聞に連載され、その後、NHK大河ドラマの第1回作品として放映されました。直弼が強行した開国の道筋によってこそ、今日の日本があることを広く世に知らしめた舟橋聖一は、彦根名誉市民第1号となりました。

善利組足軽屋敷
江戸時代の建物。足軽屋敷が年々姿を消してゆく中、貴重な建物です。彦根藩は、外堀の外側に、町人の居住区を取り囲むようにして、6箇所に、足軽の組み屋敷を置き、城と城下町を守る役目を持たせました。善利組は、その中でも、最も面積が広く、戸数も700戸を数えました。屋敷地は、南北方向の16の通りの両側にあり、間口5間(約9m)、奥行き10間(約18m)の短冊形を標準として区画されました。平均60坪前後の敷地に、独立家屋が建っています。平成11年には52軒残っていましたが、現在、その数は、著しく減少しています。道幅1間半(約2.7m)の路地を行きますと、当時の面影を残す、辻番所、覗き窓、変則四つ角、くい違い、どんつき等を見ることが出来ます。
埋木舎(うもれぎのや)
埋木舎は、大老直弼の原点を知る上で重要な場所です。正式名は、彦根藩公館・尾末町北御屋敷。彦根藩11代藩主直中の死により、新藩主である兄直亮から捨扶持300俵を与えられた直弼が、17歳から32歳までの15年間を部屋住みとして過ごした場所です。身の振り方の決まらない直弼が、自らを花の咲く事のない埋もれ木にたとえて、埋木舎と名づけました。
埋木舎での15年間に、茶道、和歌、能、禅、武術、柔術などの文武両道の多くを学び、この時培かった高い教養が、世界を見る確かな目を養い、後に、幕府の命運を担う大老として大きな花を咲かせる事となりました。埋木舎には、直弼愛用の粗末な駕籠、納屋を改造して作った茶室「澍露軒」、長野主膳と三晩語りあった表座敷、村山たかが三味線を弾いた奥の書院などがあります。









