ガイドコースのご紹介 「多景島 語り部クルーズ コース」
彦根港⇒多景島周航⇒彦根港(島には上陸しません)
(乗船時間1時間)<夏季 限定コース>
多景島
多景島は彦根港の西約6.5kmのところにあって、外周600m、高さ20mの小島で、見る方向により島の姿が様々に変化することから多景島と申します。
この島には、明暦元年(1655年)に建てられた日蓮宗の見塔寺が有ります。寺伝によると、琵琶湖に沈んだ人々と魚介類の供養の為に、慈雲院日靖上人が開山した寺です。日靖上人は越前の国大野の出身で、長浜の妙法寺修行中の明暦元年、夢のお告げでこの島に渡りました。
日靖上人は元禄5年(1692年)に、高さ6間(10.8m)幅4間(7.2m)の岩に「南無妙法蓮華経」の七文字を刻みました。この島の象徴の大題目岩で一文字の中に米一俵60kgが入ると云われています。
彦根藩では3代藩主大老直澄が先代の菩提に供養を捧げて以来、城の裏鬼門として祈願供養を続けました。万延元年(1860年)3月3日桜田門外の変での大老直弼横死の際、このお題目岩が鮮血をにじませたと伝えられています。見塔寺には、今も彦根藩とのかかわりを示す古文書が数多く残されています。寺の釈迦堂に安置される仏像は、中国伝来の釈尊像で苦行を終え悟りの境地に至り山を出ようとする出仙釈迦仏であります。また島の中央に聳える「誓の御柱」は大正13年(1924年)建立の75尺(24.75m)五角形で、明治天皇の五ヶ条の御誓文が閑院の宮殿下のご染筆により刻まれています。

彦根港の今昔
昭和40年代前半の頃まで、現在の松原橋は水路と平行になる回転橋として人々に親しまれておりました。松原から城の搦手にあたる城北通り沿いの水路には、この回転橋の横を通過し200tの大型観光船みどり丸が入港して、水路の奥にある尾末町・船町の岸壁に接岸し、琵琶湖巡りのお客様の乗り降りで賑わっておりました。しかし昭和40年代前半に松原の琵琶湖岸に新しい彦根港が整備され、船町の港湾はその役目を終え、松原橋も固定橋となりました。現在この水路は、両岸から釣り人が糸をたれ、太公望憩いの場所となっています。
新しく整備され彦根港からは、多景島と竹生島に観光船が周航しております。なお、この彦根港には「琵琶湖周航の歌」の彦根を歌った5番の歌碑が有ります。
矢の根は深く 埋もれて
夏草しげき 堀のあと
古城にひとり たたずめば
比良も伊吹も 夢のごと








